昭和46年02月03日 朝の御理解
御理解 第93節
「氏子は神の守りをしておる者を神と心得て参詣する。守りが留守なら、参詣した氏子は、今日はお留守じゃと言おうが、神の前をあけて置く事はできぬ。万事に行き届いた信心をせよ。常平生、心にかみしもを着けておれ。人には上下があるが、神には上下がない。人間はみな同じように神の氏子じゃによって、見下したり汚がったりしてはならぬぞ。」
これはお道の信心の中心生命と云われる御結界。ここ御結界に奉仕をさせて頂く者、教会を預かっておる者、金光大神のお手代わりをさせて頂く者に対するこれは厳しい御教えであると思います。成程お参りしたばってん、御結界に誰も座って居られないと言う事は、神様が居られなかったと同じ様にと私はこう思うんです。ですから私共とて厳しい。例えば、私夕方なら夕方下がって、成程紋付、袴は取らせて頂いとっても。
心には裃を着けた積りで神様と交流している様な思いで、日々修行させて頂いている積りでございます。ですからその様な厳しい修行をさせて頂いておるつもりですから、お参りして来る皆様も矢張りね、大事じゃないかと思うのです。だから本当にお参りして来た。取次ぎの者が居った。そして先日から頂いております。何事も神の御理解を頂き何事も承服致せば安心なり。お参りをして来た。先生が御結界に座って居られた。お取次ぎ頂いた。御理解頂いた。
どの様な事で有っても、それが承服致せば安心なりという、その安心のおかげを頂いて帰って貰わなければ、いくらここで先生が裃着けて頑張っておったところで駄目です。昨日お取次ぎさせて頂いて三男幹三郎、或る所にやりましてそして必ずあちらの方へ行ったら、あちらの教会にお参りさせて貰うて、お参りしたならばお参りして、つうっと帰っちゃ出来んぞ、よく御祈念をして御理解を頂いて帰って来いと言っております。
昨日或る教会にお参りさせて頂いたから、帰ってまいりましたから、今日はちゃんと御祈念して来たかと言うたら、はい御祈念させて頂いたばってん、御結界に先生は座っておんなさらんじゃった。御祈念の終わる頃御結界に座られた。そんなら何か御理解頂いて来たかといいました。あそこの先生はいつ参ったっちゃ、今日は寒かの、今日はお天気が好かのといわっしゃるだけち言いますもん。
それは折角お参りしてから、ちょっとでも御理解頂いて来ればよかったのにと言いましたが、そこで一言も御理解が出なければ仕方がない。私はそこを例に聞いて頂きましたですけれども、なら此処の場合はどうかというと、言うならば朝の四時から晩の十時迄は必ず御結界に付いております。私が座っとります。私が誰かがそしてお取次ぎさせて頂いたら、一口なっとここに座っておったら今自分が一生懸命感じておる事、有り難いと思うておることを伝えよと私は先生方に云っております。
若し伝えられなくっても此処の場合は朝の御理解を必ずテープに、いつでも頂ける様に広前で御理解を聞いて帰ることが出来る。何事も神の理解を承り、承服致せば安心なり。御理解を頂いて承服の出来る信心を皆さんは頂いとかにゃ成らん。私共はいつも裃を着けたつもりで御神前を空けておってはならないという。この二つがね相俟って行かねば金光様の御信心の本当の事に成って来ないと思うのです。
だからお取次をさせて貰う者も一生懸命ならば、又はお参りさせて頂いて御理解頂く者も一生懸命で、どこの端からでも安心出来れる、承服の出来れる何か頂いて帰らねばという姿勢を以てお参りせなければならん事を感じます。昨日夕食を終わっておりましたら、総代の久富さんがお参りして来ました。今日はえらい早うお参りを、はい実は戸畑に行っとります福銀に勤めて、最近住まいが変わりましてから、土地に馴れてない訳ですね。何回も、三回も電話かけたけどおらん。
どげんしようか分からんけんお参りして来ました事は、美太郎が亡くなりましたとこう云う。美太郎というのは孫の事です。そこで繁雄さんも少し上がっとんなさったと思いますたいね。食堂へ来てから美太郎が亡くなった、美太郎が亡くなったといいなさるけん、家内や公ちゃんがもう死になさったと思うたらしい。ところがよく聞かせて頂いとりましたら、子供が未だ三つですか、遊びに出てから帰って来ないちゅう、それから大騒動になりましてすぐその里の繁雄さんの所へ電話が掛かって来た。
こげな訳でどうぞお父さん御神様にお届けして下さいという訳である。もう家内なんかそれを聞いて足ががたがた震えだしてから、やっぱり御自分もやっぱり、可愛い自分の孫の事でございますからそうじゃなかったろうかとこう思います。私にはそげんいうて亡くなったというから、どうして亡くなったのちいうて聞いたら亡くなったんじゃなくて、居なくなったちゅう意味ですよ。公ちゃんと家内は亡くなんなさったと聞いたもんじゃから、びっくりして訳を聞いて皆が安心した様な訳でしたけれどもね。
それから炬燵の間でお届けさせて頂きましたらね、皆さん炬燵の間にお出られると出光興産の仙崖さんの絵がついとる。カレンダーが掛かっておりますね。あのカレンダーの一月のところに今年は猪の年ですからこうやって猪が立っておるところの絵を頂くのです。今日はこういう例を幾つか続けてお話したいと思いますから、その中からどうぞ信心を頂いて頂きたいと思いますね。どのお話しも大事ですからお繰り合わせ頂いてその中から頂くところいっちょいっちょ違う話ですから。
そんな訳でお届けさせて頂いたら、そう頂きますからどう言う事じゃろうかと思うて、猪がこう立っとる。ははあこれは猪が立っとるとじゃけん、いつまでも立っとる事は出来ん。だから必ず足を着けるでしょう。だからはあこれはすぐ足が着くとこう思うた。おらんごとなって、ああ足が着いたとこういうでしょう。ああこれは安心と思うたのと、電話が掛かって来てからどこかの警察に保護されとると電話が掛かって来るのと一緒でした。だから自分もその事は繁雄さんに話してないけど只今申し上げる事でした。
ですからその様に頂いてもです、承服しかねたら安心が行きませんよね。ああもう大丈夫足が着いたと頂いても承服しなかったら安心が行きません。安心が行かけりゃおかげになりません。このお道の学院生が今年は五人おかげを頂きます。全部書類が揃うてもう先月末迄に書類を提出しなければなりませんのに一人分が揃いません。徹君です。そこであちらにも連絡とりますけど、何処へ行っとるやら分からん。所謂蒸発したっちゃじゃあるめ。御本部に行こうごとなかけんちゅうて冗談どん云いよりました。
けれども高橋さんが全部書類もなさいますし、昨日茂さんがそれを清書して出すばかりになっとりますけれども、本人がおらん。本人が居らんから困ることがその書類の中にあるものですから提出出来ない。先生徹が早く帰ります様にとお願いなさいますから、その事をお願いさせて頂きました。そしたら天満宮さんに鷽替えと云うのが有るでしょう。鷽替えって、木をこの位削って人形さんの型を作って、替えましょ替えましょと、沢山の人達がいたします。あの鷽を頂きます。
だから小さい木を削って、あれ鷽が出来とりますけど、ははあ私は思いました。あの人はあの人なりに気を削りよる、心を削りよるんだと御本部に行く前に矢張り、あれやこれや片付けとかにゃならないし親に云われん事もあろう。だから今日は居ない訳ですけれども、心を削りよる。あの鷽というものは神様に奉納するもの。自分自身というものを学院に行ったならば、もうあれは神様にお供えするのとおなじですからね。
一生あなたの御用に使うて下さいと熨斗をつけるのと同じですから、いわゆる気を削り心を削りして居るんだなという風に思いましたから、ならもう一日待って貰うてから明日出すようにと言っております。黄楊会でございましたから、昨日おかげ頂いておりましたから書類が揃うて今日提出すると言う事になる訳でございます。もう十日ばかり前でしたでしょうか。炬燵の間に下がりましたら、沢山古い写真がバラになして散らかして有りますから、それを見せて頂いてとりましたら、珍しい写真が出て参りました。
それは、昭和何年だったでしょうか。十四、五年も前だったでしょうか、大洪水が御座いましたろうね。あの時に橋やら家が沢山流れました。あの時の大洪水でした。勿論椛目時代ですから椛目も二階のお縁がぴたぴたになる位でした。当時は何人も病人さんを預かっとると云うか収容しとる。子供達もみな小さい。おじいちゃん達が居ましたあの部屋も未だ出来ていないという。六畳と四畳半二間に十何人の人でしたかね。もうぎっしりそれを私は四畳半とことって神様をお祭りしてもう永かったですからね。
十何日間二階でお届けさせておただいたんですが、一番水が増した時でしたかね。私の方の父も大変落ち着いた人ですけれども、私はそれでもお参りが有る訳じゃないですけれども、御結界にちゃんとこう座ってから朝から四時の御祈念までは奉仕させて頂いとりました。ところが父が出てまいりましてから、先生いよいよいかんばのと、兎に角逃げなければとこう云う訳なんです。
そこで私はすぐ神様にお届けさせて頂いてから、まあおじいちゃん私は四時迄はこうして御祈念させて頂くんだから四時迄待ちなさい。それから先の事にしましょうというて神様にお願いさせて頂いたらね。丁度二階の所の下のところまで水が浸かって来とります。そこん所に蛙が小さな蛙がぎっちゃんばったんするよう子供が幼稚園なんかあるでしょうが。両方に蛙があれに乗って遊んでおる様な状態を頂きます。どういう事じゃろうかと思うてね。あの虫けらでも人間よりも賢いですね。
雨が降る時には蛇なんか高上がりするといいましょう。ああいうのはちゃんと知ってますからね。上の方に登って来る時には未だ水が増して来るとき、けれども横にこうやってぎっちゃんばったんしよるときだから、これは大丈夫だと私は思いました。これから先は増えらん。これから先増えるなら二階、居る所もない訳ですからお家はぴちゃぴちゃですから。そこで私は家に居った修行生、おじちゃん達、子供達皆窓を開けて外を見なさいちゅうて外を見ましたらもう、貝殻やら虫やらいっぱい上がってますよね。
それがみんな上に、上がらずに横の方に飛んで歩いておる。これは実際ですよ。それを見せたときおじいちゃん始め皆に申しました。この虫どんがね上さん上がって来るときは大変ばってんが、横さん飛びよる時は大丈夫だから、兎に角四時迄待ちなさいというて、全部外へ出させて頂いた時、決死的なものでしょうね、西日本新聞記者や消防の方達が寄って船で前を通りました。その時に私共が窓に立っとりますので、それを写真に写してある。それが水害後に役場でずうっと貼ってあった。
その悲惨な状態を、その中に私共の写っておる写真が有ったもんですから、役場の人達が、大坪さんあんた達が写っとる写真じゃけんちいうて持って来て下さった写真が出て参りました。そりゃあまあ口でこそ言えるけれども、隣近所の方達は屋根から上がっていつもは偉そうに云うてあるおっちゃん達が助けて呉れ助けて呉れちゅうていいよんなさるですよ。もう銅鑼やら鐘やらサイレンは鳴りますしね。そりゃ大変な事でした。然しああゆう様な時にですね。
私はちゃんと黒衣を来てから御結界奉仕が出来とったと言う事はですね、大変だったなあとこれは十何年前の話なんですけど。然もそれがね、新聞社の手に依って写っている写真。そこまで水が来てる写真が出て来た。こういう時はどうでしょうかね。例えば落ち付いた、なか連中がもういよいよだから皆待避されました。もう屋根を破ったり何かしてから皆救いを求めておられます。
屋根の上に上がって助けて呉れ助けて呉と呼びよんなさいます。銅鑼やら鐘が鳴る大変な事でした。けれども私共は誰も病人やら年老いやら子供達、おかげを頂いて四時まで先生がああ云われるからちゅうて安心して何事も神の理解承り承服致しておりました。そしたらその四時の御祈念を終わったのが境でした。水が引き出しましたのは。そう言う様な事でございました。
昨日もね、佐田さんが何回もお参りになりました。電話でも何回もお取り次ぎ頂かれました。預かっておられた病人さんが非常に荒れ出しましてね。病院を飛び出しましては自動車を一々停める。それはもう大変な事なんですよね。それかと思うと襖なんか折ったり破ったり、昨日は仕方ないからお父さんと佐田さんと二人でね。手をくくったり足をくくったりしてなさるという状態、と本人の姉になる大変しっかりした方ですが、とうとう堪り兼ねて佐田さんの家に見えて、それこそ例えばこのまま狂い死にさせるとかと病院に連れて行くからと見えた。
どちみち兄弟でもなからにゃ大した深い親戚でもないのに、どうでも助かって貰わねばならんという一念がそういう働きになっとります。それで親戚の方集まってそう云われるけれども佐田さんとお母さんがね、兎に角この寒修行にかけとるから、もう五日待ってくれ。兎に角一日遅れて事は十日も二十日も遅れる事になる。命にかかわる様な事になったらどうするかというて責めたてられる。それでもまあ兎に角五日待って下さいというて、やいやいいうて電話が掛かって来ました。
それから、昨晩夫婦で出て参られまして、今度また出て見えられまして今度はお父さんの姪婿になる方が、そこの方もそういう病気で矢張り狂い死になさったそうです。だから、そういう例も有る事だから、有る事だからというて今日は連れて行くからのというて自動車を持って連れのうて見えた。その時もお母さんと佐田さんと本当にお芝居のごとあったと話されますが、兎に角もう五日私に任せて呉というて胸を叩いて言われたから。まそのまま帰られたと言う事です。
まあ元気出しなさいと云うて申しましたが、そしてお取り次ぎさせて頂く度に頂きますことなんです。ここは皆さん信心させて頂くなら、よう気を付けとかんならんこと。本当に大変な事と云うのは大変な力を頂く事なんですよ。実はそれが大変な事であれば有る程に大変な力を頂く事ですよ。ですから、そういう力を頂かせて頂く為にはね、神様はその力を試しなさる必要を感じなさる。神様がそういうおかげ下さる為には私は夜お届けさせて頂きよりましたら、大きな釜が掛かっておる。
ここにその中に大きな薪が入っておるとをね。縄付けてこうやって引っ張り出しよるところを頂いた。その引っ張り出しよるとも親戚の方の様ですけれども、それは矢張り神様の演出だと思いますね。もうままになりよるとをそれを引っ張り出そうとする。そういう働きを受けられて、兎に角五日間待って下さい。私に任せて下さいと云うて引っ張り出された薪をまたくベられたという感じ。ここんところをいっちょ大事にして貰わねばならんなあと私は思うてお届けさせて頂いとりました。
その働きもその人達ではなくて矢張り神様の働き。大きな力を下さる為にはね、そういう力を試しなさる必要を神様が感じなさると言う事を分って頂きたい。もうこっちも手を上げようごとある。もう毎日毎日子供なんかもおる、老人は二人も居りますし、大変な事だと思うです。今のような状態ですから子供達は勉強せんならんとに勉強も出来ない。昨日夕方、一番上の長女のり子さんが中学何年生ですか考査が終わったというてお礼に出てみえました。それをお届けさせて頂いて、のり子さん大変ね。
あんたんとこ今大変なことなんだけんどね、佐田家一家を挙げてから修行しよんなはるとじゃけん、ばってんのり子さん考えてご覧、あの兄ちゃんがおかげを頂いて本人もさる事ながらあちらのおっちゃまやおばしゃま達が本当におかげを頂いてと云うておかげを頂いた暁に、にこにこしなさる姿形を思い出してごらん。これは修行しなさらんあんた達でも思おうがと言うたら、そして自分でも云うんですよ、けれと返事も出来ないけれどもおかげでまあおかげでおかげを頂いたというてお礼に出て来た。
私達の娘にそう申します。まあ一家を挙げて修行しよるとじゃから、けれどもおかげを頂いた暁に本当に袖から云やあ滝本さんという滝本さんのその本人がおかげを頂くんじゃなくてあれからこういうおかげを頂いてと云う声が進展して行く。それこそ有り難い、勿体ないの生活が出来られる。その姿を思うたら楽しかろうが、ここはいっちょ皆子供達に至るまでお父さんもお母さんもあれだけ頑張っておられるのじゃから、頑張って呉れにゃねとお話ししたことでした。
昨日佐田さん夫婦がその事をお届けに見えた時に本当にこうして私に預けて下さい、私に任せて下さいとようぞ云うことが言えたと思いますよね。それこそあちらの方から狂い死にしても良いものかと詰め寄られなさる。そげん言いなさるばって、私どんも好きや好みにしよるとじゃなんばいのと言いたいところです。けれどもそれをもうと言われる時の私はお取り次ぎして頂きよりましたらね、御心眼に天狗さんがね大きな八手の葉をこうして持っとんなさるところを頂いた。
それがね、この辺が信心の微妙なところですから皆さんよく分って頂きたい。
段々信心をさせて頂いて確信が生まれて来る。言うならそれこそ矢でも鉄砲でも持って来いと言う様な勢いが生まれて来る。信心ちゃ有り難い。けれどもそれがそれだけであったら、それは天狗さん、言うならば慢心です。おかげを頂くと言う事は絶対のもの、八手の葉と云うことは信心の出来とらんのに手を差し出しとるというのがそのお知らせなんですよ。八手んごたると差し出しとる。
信心は小まか信心させて頂いとっておかげけはこうやって八手のごたるとは差し出しとるという意味の時頂くこと。然もそれに慢心がかかったらいけない訳です 例えて申しますと幹三郎がいよいよ肉腫であることが分かった時、私共親子三人で御本部に参拝を致しました。そして奥城でその事をお願いさせて頂いていよいよ難しい事を頂きました。尚お願いさせて頂きましたら紫蘇を頂きました。野菜の紫蘇、梅に使う紫蘇。尚お願いさせて頂きましたら紫蘇の花が咲くところを頂きました。
紫蘇と言う事は、人間が死ぬときに死相が表れるという程しに大変なことだった。けれども花が出る。紫蘇というのは紫、紫と言う事は心は安心と頂くから、これは信心しとけばおかげを頂くと思うた。けれども私は確信は持ったけれども、皆さんあの時分のこと聞いて下さってる通りなんですよ。けれども万一こちらが受け損なうて、例えばそれは死ぬる事になっても、さらさら神様に不足なんか申しません、というこちらの心がなければいけないと言う事。
そうでしょうが、もう死ぬか生きるかの境目にあるのですから、ちょっと頂き損なえば死ぬる事は間違いない。紫蘇(死相)がもう出ているのだもの。信心の一番謙虚な信心と言う事は、大丈夫私に任しとかんのと胸を叩いていいますけどそれが反面ね、よしそれがままにならない事が有りましてもさらさら厭わんと言うものが無ければいけないと言う事。そういう姿勢そこからのおかげを頂くという確信は有ります。けれどもそこは慢心が出ちゃいかん。おかげの事を感じたり。
八手の葉じゃいかん。鼻高ではいけん。この辺のところ、何事も神の御理解承り承服致せば安心なり。安心はしておっても、その安心の限定といいますかね、そのことは駄目になるかも知れません。けれどもね、その事は駄目になるかも知れませんけれども、その事を通して次のおかげが受けられるという確信。それだけは確り掴まえる。私でいうならば、よし幹三郎がよしおかげを頂ききらずに亡くなるかも知れない。けれども決して幹三郎を犬死ににはさせんという確信だけは有る。
そこからそこからの信心、そういうことが信心の謙虚な信心になっていくのじゃなかろうかと思います。余りに確信づいてそれが慢心になったのではおかげにならないと言う事なのです。私はもう十何年前に或る人のことで頂いた御教えの詠が有ります。波紋ひろげて沈み行く石を待たな気にめぐりの底を知らぬ人の心に。例えば佐田さんの一家を挙げてのそういう事が段々波紋を拡げて行きよる。然も親戚の方達まで出て来て何という無茶苦茶な事かというて責めたくられる。
それが又夕方には甥御さん達が連れて帰るとまでいうて見えられた。愈波紋は拡がって行きよる。一つの事で波紋ひろげて沈み行く石を待たな気にめぐりの底を知らぬ人の心にめぐりの実態という事を知らぬ人達のことですから、波紋を広げてそれが金光様の比礼を汚す事になるかも知れんけれども、波紋を広げておかげを頂いた暁にはそれだけに広い波紋を広げたのだから、神の御比礼を輝かすかも知れん。こりゃ分からん。私はこの九十三節から何事も神の理解承り 承服致せば安心なりと。
その為には私達はいつも裃つけた気持ちで御神前奉仕を神様の前を空けてはならないという姿勢であれよと神様教えておられるから、ならそこにお参りして来る皆さん、御信者さんの場合も何故に先生がああいいなさるというて帰ったんでは何もならんと言う事。幾ら居ったっちゃ、幾ら御理解頂いて帰っても、その御理解いただいて承服の出来る日頃の信心を頂いとかなければならないと言う事。
承服が出来てもです、それが私は久富さんの例をとりました。徹君の例をとりました。幹三郎の例をとりました。佐田さんの今の信心の状態を例にとりました。承服出来るという事のおかげ、その承服出来れば安心と言う事は、そのことの成就する成就しないことではなく、もっともっと深い意味でのそこが安心があって、そこにはいつも謙虚な姿というものが無からなければならないと言った様なことも申しました。
今日の御理解は勿論取次者、金光大神の勿論手代わりさせて貰う者への御理解ですけれども、ここでは矢張りこの方の信心は祈念祈祷ではない。話を聞いて助かると、仰せられるのですから。矢張り此処へ参って来たが、最後こりゃどうでも話を聞かにゃいかん。落ち着いて理解を頂いて、承服するところまで頂かにゃいけない。承服出来れば安心なりという姿勢を、いよいよ頂くところまで頂かなければならない。
今日の例は例えば神様から頂いてこうと言う事じゃ、ここの場合日々の事でございますからね。ま今迄の例を取れば数限りない程のことなんです。皆さんが一人一人受けとられることなんです。けれどもそれが皆、違った意味合いでの神の御理解を承った時の状態、承つた後のこと、又承る姿勢と言った様なことを申し上げたつもりです。ひとつおかげを頂いて、御理解を頂いたら親先生の言われることが。
はっと自分の心に受け止めれてすぐ安心が頂ける。喜びが生まれるというおかげを頂いてこそ初めてここで私共が一生懸命、なら裃つけた気持ちでここで御注意下さっとる様な事を心の中に頂いて私共の信心もお育て頂いとる訳ですけれども、そういう取次者の信心と今日申しました様な意味に於いての皆様の信心とが相俟って行く時に私は本当の意味でのおかげ、神仏共に喜ばれると言う様なおかげになってくると思うのでございます。
どうぞ。